THE EMPEROR Racing

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SCHEDULE

【THE EMPEROR Racing Team Ownerと一問一答】 代筆 THE EMPEROR Racing Team OFFICIAL WEB 担当                   
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THE EMPEROR Racing Teamを率いるTeamOwner KoukiYoshikura 『吉倉幸基』氏に一問一答を願おう
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これから述べる事は全て真実の感想ですが私なりの体験記とでも言いましょうか,私見ですので,なにとぞご容赦願いたい。         
そしてClosed Circuit をいつか走りたい,所有しているSuperSportsCarの真の実力を試したいそして                  
乗りこなしたいまたはいつかRaceに参戦したい方に是非読んで頂きたい。
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【Q⒈】ご自身のSuperSportsCar,Motor Sportとの始まりを,教えて頂けませんか? 
そうですね長く成りますが,私なりの価値観※【SuperSportsCar】の定義から話さないといけませんね。 国産SportsCarも書きませんが沢山乗り継ぎました。しかしその何倍もの価格のSuperSportsCarの価値をどこに見出すかが一番大事です。 私の場合いつの時代もいつもSportsCarの手本としてSuperSportsCarは存在して欲しと言う願望ですかね。でなければ存在自体が,否定される。と思いますし大変空虚なモノに成ります。高額なモノのTOPに立つSuperSportsCarの宿命とでも言いましょうかで,いつの時代もTOPで,ある以上全ての者からターゲットにされる宿命を背負ってさえ。尚それらを凌駕する存在でなければ意味はありません。
それがSuperSportsCarの自動車の世界での存在意義だと思います。高価な部品の数々を惜しみなく投入しデザインや最新鋭を常に妥協なく欲っしだからこそ圧倒的な実力が,常に備わってないと恥ずかしい事この上ありませんね。言い換えれば,だからこそ誰よりも企業努力し開発リスクを負い成し遂げいつも新しい扉を開け続けねばならない。それら,全てが備わるモノがSuperSportsCarの定義です。
ですから,そんなヒストリーと生き様が,後ろにある。走ると言うただそれだけの為に,存在するモノへの敬意です。
どんなシュチュエ―ションであれ,世界屈指の速さをいつでも繰り出せるその上での余裕が,SuperSportsCarとSportsCarとの違いですかね。
そんな本物だけを追い求め信じ探す旅ですね。人生と同じです。大笑
子供の頃から例にもれずスーパーカーブームの後半に幼少期を過ごし良く大阪の南港で行われていたモーターショーに連れてきてもらいましたね 学校ではスーパーカー消しゴムが流行り私もその洗礼を受けた子供でしたね。その後20代前半から(Mercedes-Benz BMW745iA,Turbo,BMW635CSiA,,BentleyTurboRL ,Rolls-Royce,KramerPorsche928GTS を手に入れ殆どが,中古車でしたがAMG5.4・AMG,560SEL6.04V,,AMG,560SEC6.0や(König Specials Mercedes-Benz560SEC TwinTurbo/König Specials Jaguar XJ-S Convertible TwinTurbo/König Specials/W129 SL Supercharger)Renault Alpine V6 Turbo 等、速いと思われた輸入車達でさえ,SuperSportsCarにハイウエイでは置いて行かれる事があり.やはりSuperSportsCarに行きましたね。
27歳でついに例にもれず憧れの Ferrari という,SuperSportsCarに恋焦がれて手に入れた (Testarossa)でしたね。その後512TRや 
F512M・308GTB・328GTB・348GTB・355F-1・360モデナ・スパイダー・550マラネロ・512BBi・ 
F40,F50,Porsche996Turbo ,964Carrera2&4,964CarreraRS,993Carrera,KramerPorsche964Turbo,König Specials Competition Evolution 
等,Lamborghiniは,(Diablo)94yVTと,95y,SE30を2台 多い時には,同時30台以上所有していました。
で良く岡山国際サーキットをホームコースとし,はては鈴鹿サーキットでFerrari で,走っていましたが,友人の国産N1‐RacingCarには,到底勝てず。やはりその頃
に,SuperSportsCarと言えど,RacingCarの運動性能がいかに驚異的なのかを知り,自身もN1‐RacingCarを4台購入してClosed Circuitで,腕を磨きま
したね。※その頃ののコレクションは,Porsche962cのRacingCarや,ローラシャシー無限エンジンのF3000等も所有していて,周りからはすでに,関
西屈指のコレクターとして有名でしたね。その友人が,今のTHE EMPEROR RacingのTeam Executive Adviser ※Team 監督『 Takahiro Shiga 』
志賀 隆浩氏なんですよ。谷田部で最高速していたりしてね。【http://westcorvette.jugem.jp/?page=2】です。
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【Q⒉】Lamborghiniとの出会いは? 
Lamborghiniは,(Diablo)94y,⒈台,95y,SE30を2台です。これは,あまり語りたくないのですが,まず,エンジンパワーは最高でしたね。サウンドやレスポンス・バイブレーションといい。まるで,大地から湧き上がる様なトルクと吠え方で,当時のFerrari と比べると,必ずLamborghiniの方が,(POWER)は出ている。
ストレートは,0~100km加速は,トラクションの掛が悪くホイールスピンばかり誘発してFerrari と大差ないが,Ferrari のSpecialeである,F40・F50には,叶いませんでしたね。でもそれは,全てはBODY剛性の無さで,内骨格がパイプフレームで,車幅2m近く車重1500㎏以上あるモノは,曲がる止まると言う行為やClosed Circuitでの過酷な入力に耐えられる筈もなく。それはその頃の市販SuperSportsCar全般に言えたFerrariも同じで,怖い事この上ないマシン達ばかりでした。
まず曲がる為には260km~270km近くから200m以内で70kmにまで急減速しなければならない,その肝心要のブレーキが,FerrariもLamborghiniも車重と500PS近いPOWERを考えていない装備でした。Ferrariは,まだ役不足ではあるが,ブレンボ社製/bremboのローターとキャリパーが付いていましたが,その頃のLamborghiniは,Mercedes-BenzのSL,W129のブレーキを流用したり,重量バランスを考えているのかいないのか,バッテリーなんかは,リアタイヤハウスの中に収めてみたり,もうわけが分かんない構造でしたし,Nissan FAIRLADY Z のライトの流用は,有名ですね。
そんなストレートは,異様に速く,止まらない剛性が無い,曲がりは,4輪やハンドルからのインフォメーションが少なく限界領域が,判別しずらい。いかにもバランスの悪いマシン達でした。そして,全てのSuperSportsCarを売り払い,10年程離れていましたね。この世界からは。 
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【Q⒊】そんなSuperSportsCarやLamborghiniと何故再会したんでしょうか?
そうですね,それから2011yでしたか雑誌で,MURCIÉLAGOから,Aventadorへフルモデルチェンジを,した事を知りました。デザインは理解しましたがそれでも,そこまで前のめりでは,有りませんでした。がたまたま麻布界隈を走行していた折,Lamborghini Azabuさんへ立ち寄りました。でもMURCIÉLAGOしかまだ,展示しておらず。ただ,2世代先を行くと云うコンセプトと新時代のカーボンモノコックシャシーにプッシュロッドサスペンションに,4WDシステムと700PSで,乗り出し5000万円‼!う~ん,なるほどとパッケ―ジングは悪くない。価格もその内容であれば安いくらいだ。 でも,飛びつくのはまだ早いと,もしサーキット走行の機会があれば呼んでくださいと,そこで良ければ即買いますと云い残し立ち去った。 数か月後そんな機会が訪れた,千葉の袖ケ浦サーキットで,Aventadorの試乗会が行われるので,参加されませんか?とLamborghini Azabuさんから招待されまして袖ケ浦サーキットへ出向きました。今回の試乗会はメーカー主催でそのことからも相当自信があるんだろうなとサーキット走行に耐えうる【市販SuperSportsCar】なんだろうと,でなきゃ。こんな試乗会は,やらない。あのLamborghiniがだ、笑。快晴の完全ドライのClosed Circuitも,久しぶりで,袖ケ浦サーキットは,人生初,しかも,初対面の700PS級の最新鋭マシン多少の緊張は隠せない。初めて実車に対面する最新鋭Lamborghini Aventador LP700-4の第一印象は,オーラがある。こんな幾何学的な複雑なラインを描きながら,流線形の伝統的なLamborghiniのDNAを感じさせる。そして説明を受け乗り込んだ,コクピットは,まるで近代の戦闘機を思い起させる,Lamborghiniは,(Diablo)SE30以来,16年振りのこの進化には,【正直驚きだ】そして走り出す。PITロードを先導の(Gallardo )LP570-4 スーパートロフェオストラダーレの後に続き出ていく,,人生初の袖ケ浦サーキットは,1コーナー2コーナー3コーナーといきなりガンガン加速し160km以上のミドルレンジでの連続コーナーを,クリアしていく,もう既にこの時点で,驚愕しているこの4輪とハンドリングから伝わる接地感やインフォメーションの多さは,なんと凄い進化だろう,ちゃんとしている。そして4コーナーのヘヤピンで,フルブレーキングからの右ターン最大Gを感じながらの進入・・・・驚愕に値する。しかし,ヘビー級の最後の最後にリアの重さが来る。しかしこんな狭いんだと袖ケ浦サーキットは,Lamborghini Aventador LP700-4には,狭すぎるでもそんな袖ケ浦サーキットでも,このスタビリティとパワーは凄い。それを受け止めているカーボンモノコックのBODY剛性の感覚が驚異的。でもなんだろう固いというより硬さの中にしなやかさが,あるこの感覚は,Ferrari のSpecialeのカーボンモノコック構造体の固さの剛性感とも違う新たな感覚でした。 しかし,ここだけの話,人生初の袖ケ浦サーキットで人生初のLamborghini Aventador LP700-4でしたが,この安定感と信頼性で,いつしか全開に,持てるスキルの90%以上で攻め込んでいる。自分がいた。レーシンググローブとシューズで,乗り込んで正解でした。しかしこの先導の(Gallardo )LP570-4 スーパートロフェオストラダーレ【GT Driver】が,乗車しているとはいえ,この狭い袖ケ浦サーキットでは,速い速いついていくのが,精一杯 と,(Gallardo )の性能も,この時に,初めて興味をそそられる出来事でした。そして試乗を終えLamborghini Aventador LP700-4の仮契約書に,迷わずサインした。
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【Q⒋】その後の展開を,お聞きしたい。
はい,その後Lamborghini Aventador LP700-4の手付金いわゆるデポジットを払い仕様を決めに,Lamborghini Azabuへその時に,袖ケ浦サーキットで,Lamborghini Aventador LP700-4を,先導していた。ベビーLamborghiniの最高峰V10のそれも,高評価を欲しいままにした。スーパーレジェーラより上のワンメイクレース車両のストリートバージョン(Gallardo )LP570-4 スーパートロフェオストラダーレの試乗車が,置かれていたので,試乗しみたら更に驚愕した。100m~いや信号1っ行く間に,もう理解し惚れこんだ。いわば理想,昔,所有していた【FerrariのSpecialeであるF40】の足りない部分そうあの暴力的なTURBOPowerは,最高に魅力的だが,それは見方を変えれば,カーボンケブラーで覆われているように見えるが,中身はパイプフレームや,サブフレーム等の剛性不足から来る危うさが,あった。それらを全て解決して見せた様なパーフェクトな印象だ。まあ20年以上の技術的進歩はあるのは当然だが,しかしこの軽さとアルミではあるもののアルミモノコック構造体とAWD【4WD】の超絶トラクションは,圧巻。正直この時に, Aventador LP700-4とGallardoLP570-4 SuperTrofeo Stradaleとは,どちらが国際Closed Circuit・【Fuji International Speedway 】等ならば,速いのだろうと,また,ここまで,進化した今のLamborghiniとライバル各車との真の実力差ががぜん知りたくなり,昔々の【悪い虫が,騒ぎ出した】それはまだ,世界中で誰も試した事のない※禁断の同門対決の布石に成りました。その日,驚愕した。Lamborghini Gallardo LP570-4 SuperTrofeoStradaleを,3800万円で,大人買いして帰る事にしたのは言うまでもないでしょう。
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【Q⒌】その後のお話もお聞きできますか?
その後Aventador LP700-4よりも,Gallardo LP570-4 SuperTrofeoStradaleの方が早く納車されまして【 https://youtu.be/SPzteGSUdww 】で,日本のレジェンドドライバーの一人で有る中谷明彦氏と共に,LamborghiniAzabuのツーリングで,納車式を海老名SAで,行ってもらいました。 2012y10月かねてより念願であった,世界中で誰も試した事のない※禁断の同門対決を,国際Closed Circuit・世界初【Fuji International Speedway 】で,Lamborghini Azabuと雑誌ROSSO&輸入中古車情報の2誌のご協力の元,Lamborghini Aventador LP700-4 VS Lamborghini Gallardo LP570-4 SuperTrofeoStradaleを, ベストモーターリングで,ノーマルカーの扱を良く知る。Driver中谷明彦で,完全ガチ対決として実施しました。※【完全ノーマルで挑みました】※【後日談の秘話ですが,この驚異的な記録を破ろうと,某メーカーは現役GT,Driverを使い,マフラーやあらゆる部分に改造を加えアタックを試みたが追いつけなかったんですと】こっそりメーカー某氏から教えてもらいました。これはROSSO誌と輸入中古車情報の2誌で,付録DVD化されましたね。Gallardo LP570-4 SuperTrofeoStradale 1分51秒7【 https://youtu.be/ZPtzo7Y_saY 】& Aventador LP700-4 1分52秒9【 https://youtu.be/0v-o8i5aH5Y 】しかも,勝車 Gallardo LP570-4 SuperTrofeoStradale に更に,ワンメイクRaceのLamborghini Gallardo SuperTrofeo Racing で使用しているPirelli のスリックタイヤで,更にアタック 1分47秒8,と言うとんでもないTIMEを記録した。それは,実際のSuperTrofeo Racingの決勝Race中のTOP・TIMEのわずか1~2秒落ちのいわば,そのまま出場しても,5~6位を走行できるTIMEに,一同驚きを隠せないTIMEで,PIT内にも,歓声があがり。【Fuji International Speedway 】の関係者も一部始終を,目の当たりにしあのLamborghiniが,そんなに速いのかと多くのRaceを,見届けているFSWの関係者が,驚愕していた顔が印象的でした。尚この記録はウラカンLP610-4が登場した今も尚,正式には未だに破られていません。FSWのナンバー付コースレコードホルダーは未だに Lamborghini Gallardo LP570-4 SuperTrofeoStradale ノーマルタイヤ 1分51秒7・Raceタイヤ1分47秒8なのです。
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【Q⒍】その後SuperTrofeoに参戦されるんですか?
そうですね。その年から始まったLamborghini Blancpain Super Trofeo Asia Series 2012y【Fuji International Speedway 】を,観戦しま
して,でもそこでは,まさか翌年,参戦するとは夢にもまだ思いませんでしたね。 2012年10月に,ランボルギーニ Sesto Elemento 【 https://www.lamborghini.com/jp-en/企業/傑作品/sesto-elemento 】と言う世界20台の限定車で,Lamborghini初のサーキット専用車の極秘の【launch】が,本国イタリアはサンタアガタボロネーゼの本社で,行われる事に成り,招待されたのが,人生初のAutomobili LamborghiniSpa訪問に成りました。 当時 Automobili Lamborghini SpA のPRESIDENT&CEO Stephan Winkelmann / CTO Maurizio Reggiani Research & Development Director of Automobili Lamborghini S.p.A 両氏とも初めてお会いして,それはそれは緊張しましたねぇ。その極秘の【launch】には,日本から3組6名の日本人が,招かれていましたが,その6名の為に,豪華ディナーまで用意されて,Stephan Winkelmann CEOとMaurizio Reggiani CTOに挟まれてのディナーは,夢心地を超えて緊張の連続でしたが,その時期は,為替も安く,1ユーロ(EUR €)108円程で,1USドルは,90円程 当時のレートで,2億6000万円程,今思えば,Sesto Elementoを,思い切って購入しておけばと‥‥ 
今は,思いますね少し後悔します結論は,購入しませんでしたがね。笑  そこは日本男児【例の自身の理想のAventadorの話もしました】※これはこれ以上語れませんが。笑
また,その時Aventadorの時期限定モデル。後でそれが,Aventador 50° Anniversarioとわかるんですが,Lamborghini Blancpain Super Trofeo Raceに 参戦者に優先されると聞き。【Lamborghini50hランボルギーニ創業50周年を記念して100台限定で生産されるのが、50 のロゴプレートを装着するアヴェンタドール LP720-4 50 アニヴェルサリオ】※オーダーすると共に,参戦を決意した次第ですね。
その翌月2012y11月Stephan Winkelmann CEOとMaurizio Reggiani CTO両氏に呼ばれまして,その年から始まったLamborghini Blancpain Super Trofeo Asia Series 2012y FINAL Shanghai International Circuit に,中谷明彦選手を引き連れて行きそこで今は大親友である。 その当時はAutomobili LamborghiniS.p.AのChief Test Driveであった「 Giorgio Sanna 」に会いましたLamborghini Blancpain Super Trofeo Asia Series 2012y Asia FINAL Shanghai International Circuitでの,Race終了後,Giorgio Sannaの先導や,助手席に乗せてもらい,初Lamborghini Gallardo SuperTorofeo Racingを,これまた人生初のShanghai International Circuitを,初ドライブしました。もうこれは【感無量でしかなく】インプレッションどころではなくAutomobili LamborghiniSpaとは,こんな距離感でいれる自動車メーカーなのかと‥‥
あのLamborghiniのChief Test Driveと,海外の国際サーキットで,RacingCarを走らせる。もう,夢心地でした。
フライトの時間ギリギリの日没まで,お付き合い頂き,Shanghai International Circuitを,かなり走り込みました。
【 https://youtu.be/P6nNwIG_-w0 】【 https://youtu.be/AsQM8CtWt9w 】
その頃までは,自身がDriveで,参戦しようと思っていましたが,Lamborghini Blancpain Super Trofeo Asia Series 2012y Asia FINAL
Shanghai International Circuit戦を観戦しまぁまだその頃のTorofeoは,白熱を超えた激しいバトルが,繰り広げられており。日本Teamは,まだ
無く,中国主体のRaceで,アウェイ感が溢れた空気に,この空気感を,変えてやろうと。
でも,観戦後,Lamborghini Gallardo SuperTorofeo Racingを,駆り
国際Closed CircuitであるShanghai International Circuitを走り終え,自身も10年のブランクがあり,身体能力特に肺活量の衰えを,再認識し
マシンもワンメイクRacing史上最強最速と言われているLamborghini Gallardo SuperTorofeo Racing,570PSのマシンこれは練習が要必要だと
判断しドライビングを,もう一度独学ではなく一からPROに教わり改めてではなと後ろの方を走るのも如何にジェントルマンRaceとは言え。
失礼だと思い直し中谷明彦選手に5年振りに国際格式の舞台に登場願おうと,その間にコソ練を重ねようと・・・・笑
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【Q⒎】2012y,T.R.Tproject名で,初日本TeamとしてLamborghini SuperTrofeo Asia series 2013y本格参戦。
T.R.Tprojectそれは,共にRaceを楽しもうという,仕事の社員達に,Lambo好きが多く,いつか皆でJAF戦に出たいと云う同好会的な意味合いの集まりのTeam名
中谷明彦選手に,5年振りに国際格式の舞台に登場の2013yLamborghini Blancpain SuperTrofeo Asia series 開幕戦 
※ T.R.Tproject Japan 2013y Asia Series 開幕戦 Shanghai International Circuit Race1 3位 Driver Akihiko Nakaya #10
仕事の都合で実は,開幕戦のRace1は,行ってないんですよ。汗 上海国際サーキットだったんですが,そしてもう準備不足情報不足で大変過酷な事に
成りまして中谷明彦選手には,大変な思いをさせてしまいましてというのもまず舞台である上海国際サーキットの気候も調べず結果現地は6月だと云うのに,猛暑で軽く30℃を超えそんな中『クールスーツ』これはRacingCarに真夏に乗り込む時の必要アイテムで氷水の入ったタンクを助手席に置き それをチューブを張り巡らせたシャツをRacingスーツの中に着込み循環させる体を冷やす。 人体用ラジエターの様なものなんですがそれも手配できず Race中に水分補給するドリンクも無ししかも他Teamは,50分Raceを2名体制のDriverで,挑むLamborghini Blancpain SuperTrofeo でも我々は初トライでほぼ情報も皆無で50分間のRaceなのですが‘‘中谷明彦‘‘一人きりでかなり心配に成りつつも日本での所用を済ませ羽田空港に向かい 上海便に搭乗する間際まで,現地の情報取集に明け暮れましたが,何もわからずで,そのまま,仕方なく向かいました。そして人生初の中国・・・ 上海の街並みを横目に滞在する新天地のホテルに,到着ももう既に現地時間の深夜0:30分・・・・ 中谷明彦選手の部屋にTELを入れるのもためらい。自室にいると深夜の部屋に中谷明彦選手が笑顔で3位のトロフィーを引っ提げて来て頂いてRace1の詳細な報告と,Lamborghini Blancpain SuperTrofeo Asia seriesの印象とその他TeamのDriverの情報とShanghai International Circuitの印象を聞きました。その翌日のRace2が,本当の意味での私のLamborghini Blancpain SuperTrofeo Asia seriesの感動の開幕戦に成りました。翌朝,観た中国上海の地での,光景が今も尚鮮明に思い出される。 その日のShanghai International Circuitは,異様な盛り上がりで,大歓声が先ず目に飛び込んで来た。凄い人気だぁシロッコ等のRaceは有るが このLamborghini Blancpain SuperTrofeo Asia seriesが堂々のメインRaceで,大人気。 それにしても,熱い30℃近くある湿度も日本ほどではないにしろ高い。先ほども書きましたが,そんな中『クールスーツ』もRace中に水分補給するドリンク類も無い‥‥ そしてRace⒉は,2番グリッドからローリングSTART・絶好のSTARTだ,オープニングLapを#10が,100m近く2位を引き離しグランドスタンドに戻ってきた。 流石に鳥肌が立つだがグランドスタンドは祝福の歓喜どころか中国本土では,無名のドライバーに大ブーイングの嵐だそれでも,日本から単身乗り込んだ中谷明彦は,お構いなく魅せる見せつける。誰の目にもわかるまだモータースポーツの歴史の浅い中国のファンにも徐々に理解できる‘‘速さ‘‘と云う絶体的インパクトは,徐々に,大ブーイングを,変化させ,歓喜へと徐々に変えていく  そして,20分経過する頃2位以下にもう既に25秒以上ストレート1本分の圧倒的差で突き進む。 ドライバー交代で,各Teamは続々PIT・Inしていく,1名ドライバーで,挑む 中谷明彦も,PIT・Inし,他Teamと同じ時間約1分間PITで停車が,義務付けられている。その間水分の補給やタイヤは変える事は出来ないが,緩んでいないかのチェックとマス締めのみ行うことが出来る。 中谷明彦の様子はかなりの疲労が,見える。何せ車内は40℃以上で体中の水分が蒸発する。 ‘‘体感的にはサウナの中で,1時間近く極限状態のドライビングを続ける様なもの‘‘そんな中での正確無比なドライビングで世界最速最強の570PSの4DW RacingCarを,操らねばならない。しかも1人で2名分の仕事・・・・・そして,後半戦に,PIT・Outしていく このまま,無事リードを守りきり無事ゴールラインを,越てくれることを祈りながら見送った。 順調に周回を重ねストレート1本分の圧倒的差で後半戦,ゴール迄残り15分ここShanghai International Circuitは,コース 5.451 km コーナー数16・コースレコードタイム1:31.678 ( ルイス・ハミルトン, メルセデスF-1, 2017)がマークする。それを4コーナーから7コーナーへショートカットするコースで,この年のLamborghini Blancpain SuperTrofeo Asia series2013yは,争われる。コース全景は漢字の「上」の字に似ているレイアウト 1周約2分弱残り7~8Lapの祈り・・Champion 何か途方もない勢いで,迫る2台が,有る事に気付く,速い‘‘このライバルは,この先何年にも渡りしのぎを削る相手になる,この年のAsia 2013y Champion Davide Rizzo選手とAsia 2014y Champion MAX Wiser / Massimiliano Wiser選手です。 流石に,5年振りの国際格式の舞台で,なお更皆さんも良くご存じあの4輪駆動の神様‘‘中谷明彦‘‘でも人生初めてのShanghai International Circuitで,人生初めてのLamborghini Gallardo SuperTrofeo Racing のマシンで完全なアウェイの中国上海しかも1人で戦う猛暑の最悪な初陣。 ラスト3Lapで,追いつかれた。残り2Lapで,抜かれたが,また抜き返すドックファイトの連続各コーナーで,サイドバイサイドで,ラスト1Lapで,サイドバイサイドから,,押し出される形で・・・・ ゴールラインを割る。  2位フィニッシュでゴール。しかも,メインスタンドに,戻る頃には・・・・ 1位の車ではなく・・・・ここまでこのRaceの80%いや90%支配し最後の最後まで,観客を魅了した。 日本からの侍‘‘中谷明彦‘‘への賛辞のグランドスタンドの声援に変わっていた。Race2ダイジェスト※【 https://youtu.be/LXsrzCuAMkU 】 Race2 死闘編※【 https://youtu.be/sLYKGuyJscA 】で本当に感激し中谷明彦ドライバーに労いとありがとうを,伝えました。 【そのあと表彰台に上がる為に表彰台裏の階段を上り,表彰台に続く細い通路の中で,レーシングスーツも一人で脱げない程の脱水症状で(ちょっと座っていいですか?)と中谷さんは数十秒間意識を失い痙攣した状態でこちらも慌てましたがその後すぐ意識を取り戻し,何事も無かったかの様に振る舞い 多数のメディアや,LamborghiniSpa関係者,そしてこの日最高のモーターレーシングを,目の当たりにした幸運な大陸の人々の待つ表彰台に・・・ 歩いて行く背中は,‘‘もう神々しい程・光り輝いて‘‘見えました。 正に本物の侍が,いた瞬間でした。【しびれましたよ】レースの裏側にこれだけの壮絶さが,ある事を垣間見た。初陣でした。
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